着物の達人講座

『着物の達人講座』 参 「姿勢で決まる着物姿」

 「意気で鯔背(いなせ)で」というと江戸っ子に限らず、好い男の代表である。

 「意気」については別項でお話するが着物姿の基本は姿勢である。男性だけでなく女性も鯔(いな)の様に背筋を伸ばすことが基本である。着物は直線仕立てになっているので体も着物に合うように姿勢を伸ばす事が基本である。

 「いなせ」とは漢字で書くと「鯔背」と書く。

 「鯔(ぼら)」(ちなみに唐墨は鯔の卵巣である)は出世魚で、地方によって呼び名は違うが小さいときは「はく」「すばしり」「おぼこ」」「いな」大きくなるに連れて「ぼら」最後は「とど」と名前が変わる。余談ながら「とどの詰り」とはこれから来ている。

 「鯔」は背筋が反り返るようになっている。江戸時代、日本橋界隈の魚河岸の若い衆の間で髷を少し曲げて刷毛先が少し広がった「いなせ銀杏」という髷(まげ)が流行したそうだ。そこから「いなせ銀杏」を結った様子の好い若者のことを「鯔背な男」と呼ぶようになった。もちろん「鯔背(いなせ)な男は髷だけではなく自分の背筋も鯔の背のようにシャキッと反り返るように伸びていた事は言うまでもない。

 随分と遠回りしたが、着物姿の基本はその「鯔の背のようにシャキッと」と「顎を引」くことなのである。ちなみに逆に「顎を出す」とはギブアップ寸前、即ちヘロヘロの状態のことを言いう。

 では鯔背な姿になるためにはどうすればよいのか。

 一番肝腎なのが骨盤の向きで有ある。

 最近の若い人はパソコンやスマホを長時間使っているせいか猫背の人が多くなった様に思える。姿勢の基本は骨盤にあり、お臍が水平より上を向く(骨盤が上向く)と姿勢が悪くなり猫背になる。お臍が水平より下を向く(骨盤が下を向いている)と背骨が正しいエスカーブになり背筋が伸びる。柔道や剣道等で言う【自然体】である。

 腰が決まって、背筋が伸びて、顎を引いて、胸を開かなければ襟元ははだけるし、衣紋も抜けてしまう衣紋が抜けるとは、後ろ襟を引き抜いたように、着物や羽織の衿が首から離れ、下に下がってしまう事を言う。

 昔、女性は日本髪の髱(たぼ)が当たらないように衣紋を抜いて着ていた。一方男性は衣紋が抜けることは女性の着物姿のようで「男らしくない」として一番嫌われた。

 骨盤を下に向けて、背筋を伸して胸を開くと自然と腰が決まる。武道等で言う腰が入った状態となる

 余談ながら某医学博士は「自然体を保って生活をして居ると呼吸器、循環器、消化器などの働きがよくなり、また、丹田(臍の下、下腹部を言う。ちょうど男性の帯を締める位置)を面で抑えると交感神経と副交感神経の働きのバランスがよくなり精神が安定する。と語っている。着物を着ていると健康になれり、精神も安定するとは先人に感謝、感謝。

 よく「男性はお腹が出ていないと着物は似合わない」といわれるが「お腹が出ていないと着物は似合わない」のではなくて、お腹の出ている人は重いお腹を支えるために自然と腰が決まり、お腹が邪魔をして猫背になれないので自然と姿勢がよくなるのである。当然、お腹の出ている人は着物が似合うが、肥っていなければ似合わない訳ではない。痩せている人でもきちんとした姿勢が出来れば誰でも(外国人ですら)似合うものなのである。

 江戸時代の人の食生活から考えても現代の人よりお腹が出ていたとは考えられない。

 武道や日本舞踊は着物を着てかなり激しい動きをする。それでも腰が決まり、背筋を伸して、顎を引いていればかなり激しい動きにも着崩れしないし、見た目にもスマートである。

 自然体の姿勢が出来れば『着物の達人』への道は半分くらいは到達である。

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