着物の達人講座

『着物の達人講座』 弐 「着物はどう着こなすかで意気と野暮」

 「着物を着てみたい」と言う潜在的願望は女性より男性の方が強いのではないかと思われる。着物は女性でも男性でも洋服姿と違った着る人の魅力をより引き出してくれる魔法の様な力を持っている。女性は洋服でもある程度女性らしさを演出出来るが、男性の場合殆ど毎日が画一的なスーツ姿で男らしさを演出する術がない。

 加えて男性にはシャイな人が多く、その上着物についての情報を全く持たない人が多いので着物に親しむ最初の一歩を踏み出せないでいる。また、着物は高価な物という先入観があるのでなおさらである。

 が、男性は一度着物を着てみると着物の魅力にとりつかれる人が多い。男性物は帯結びも「貝の口」一つ覚えれば殆ど間に合う。女性はお端折りや、帯結び等、複雑そうで「着付教室に行かなければ着られない」等と思い、入り口で挫折してしまう人が多い。確かに江戸の昔から着物は高価な物であった。一般庶民は到底呉服屋で着物を誂える事など出来なかった。しかし江戸時代の日本はリサイクル率約九九%の世界一のリサイクル国家で有った。

 余談ながら、通称『切られ与三』でお馴染みの歌舞伎「与情浮名横櫛」の与三郎の台詞に「竈の下の灰までも、俺が物だ」と有る様に、竈の下の灰までもリサイクル素材として売る事が出来た。

 勿論着物も例外ではない。江戸府内には「古手屋」と呼ばれる着物のリサイクルショップが千件以上も有ったと言われている。一般庶民も自分の懐具合に合せてささやかなお洒落を楽しんでいた。

 筆者は男性にも女性にも、特に着物初心者には高価な着物は買わない様にと勧めている。

 なぜならば、着物を着慣れないうちは所作もぎごちなく、ドアノブに引っ掛けたり食べこぼしを付けたりする物である。

 着物に慣れるまでは少々汚しても引っ掛けても惜しくない物、簡単に手入れの出来る物をお勧めする。一度でも多く着物を着ることが着物の達人になる近道なのである。

 着物を着る人が少なくなった原因の一つは「着物の手入れが大変だ」と思っている人も多 く、それだけで着物を敬遠している人も多い。

 今では着物を解かずに洗う「丸洗い」も出 来るし、シミも出来て直ぐなら綺麗に落ちる。

 又、着心地は絹には到底及ばないが、自宅で簡単に洗濯ができるポリエステル製の着物も有る。また、呉服屋さんやデパートなどではあまり見かけなくなったが、ドライクリーニング出来るウールの着物など初心者には手軽である。嬉しいことに着物のリサイクルショップでは仕立上がりのウールの着物を安いTシャツ並の値段で売っている。初心者は是非トライしてみることをお勧めする。

 着物を着こなす上での一番の近道は着慣れ る事である。着慣れない高価な着物を着て「 着物を着ました」と看板を下げてしゃっちこばっているのいる様なのは「野暮」の極み。

 高価な着物ではなくても着慣れた着物をさり気なく着ているのが「意気」なのである。 

 着物姿の善し悪しは着物の値段に比例するとは限らない。

 又、たいていの人は高価な着物は普段に着るには勿体ないからと、箪笥の引き出しに仕舞ったままにして居ることが多く、年を経て着物もだんだんと老けて行き、いざ着ようと思って出してみると「焼け」(箪笥の奥に仕舞っていても焼けるのです)「縫い糸の弱りから来る綻び」(縫い糸は生地より弱い糸で縫ってある。これも生地を傷めない為の工夫の一つである)「以前箪笥に仕舞う時には気が付かなかった「シミ」等々悔しい思いをした人も少なくないと思う。頻繁に着て風を通し、こまめに手入れをしていれば着物は親子三代にわたって約一〇〇年は着られると言われている。現に筆者も八〇年位前に父が作った着物を今も着ている。

 着物は「オキモノ(置物)」ではない。着物は「お着物」、着る為の物である。正に「着てこそ着物」である。高価な着物も着なければ「宝の持ち腐れ」「箪笥の肥やし」勿体ない限りである。

 着物は「何を着るか」ではなくどう着こなすかが一番重要な事である。決して高価な物である必要はない。

 長屋暮らしの「熊さん」や「八っつあん」も毎日着物で暮らしていた「着物の達人」達であった。ちょっとしたコツと慣れで誰でも「着物の達人」になれる。

 着物を着こなすには回数多く着物を着て着慣れる事が一番肝要である。

 「着物を着て出掛けるところがない」とよく言われるが、特別な場合を除いて何処かへどんな着物で出掛けてもごく普通に着ていれば失礼になるところは殆ど無い。但し、男性の場合、少し改まった席に出掛ける時には羽織は必須である。

 着物を着る機会は自分で作る事である。少なくとも仕事が終わって家に帰ったら着物に着替える。とかコンビニに買い物に行ったり、友人と近所の居酒屋で一杯飲む時も、出来るだけ着物を着る事を習慣にする。勿論気軽な場所へは着流し(長着に角帯又は兵児帯)で充分である。自宅や近所のコンビニ位は長襦袢の代わりに浴衣を「一つ前」(二枚重ねて打ち合わす)に重ねて着れば着物の衿も余り汚れ無いし、浴衣は自宅で簡単に洗濯出来る。

 ちなみに、歌舞伎の役者さんの楽屋着は殆ど浴衣襲である。

 自宅に帰ったら着物に着替えると仕事とプライベートの区切りが付き、気分転換にも成り、着物を着慣れる事にもなる。その他にも着物の効能は沢山有る。「着物の達人」になってご自身で実感して戴きたい。

目次拾壱次のページ