着物の達人講座

『着物の達人講座』 始 「男物着物のコツのコツ」 【たかが着物】 【されど着物】

 着物が好きだった父に似たのか物心ついた頃から着物が好きでした。

 明治生まれの父は警察官で、とても厳格な人でしたが、自分で着物を仕立てる程、着物が好きで、ついには警察官をやめて小さな呉服屋を始めてしまいました。

 私は解き物や、裏地の洗い張りなどを手伝い、その時に父と着物についてのあれこれを話した事が折に触れ思い出されます。それが私の着物についての知識の基本となりました。

 その後上京し、縁あって八代目松本幸四郎師に師事、歌舞伎役者の修業を始めました。 歌舞伎の世界では人間国宝の方々始め、名優と言われる多くの方々の至極の芸を間近に拝見させて戴きました。私の着物生活の始まりでした。

 歌舞伎の世界で他所では得られない多くの事を目や耳、体で学ばせて戴きました。 その後若気の至り、一生の不覚、自分の置かれているこの上ない幸せに気付かず、安易な仕事、モデルの世界へと転向をしてしまいました。

 短い間でしたが、今の私は歌舞伎の世界での体験が有ってこその物です。伝統芸能の奥の深さに少しでも触れる事が出来た事は、師匠を始め兄弟子のお陰と何時も深く感謝しています。当然ながらモデルに転向してからは日常は洋服生活へと戻って仕舞いましたが、「染め元」や織元」の見本帳、ポスターや「着物の雑誌」など数多くの着物の仕事をしました。

 その後、モデルの仕事の他に、東京恵比寿で和食のお店「ろふてい」を開き、毎日着物姿で板場に立っていました。

 お客様の中に着物のリサイクルショップを経営している人があり、そのお客様の薦めでついに着物のリサイクルショップ『きものや ろふてい』をオープンしました。

 一年、二年とお店をやっている内に、着物、中でも男性が着物を着る上での様々な常識がほとんど伝わっていない、又、着こなしについての誤解や、間違いが余りにも多く巷に氾濫している事に愕然としました。

 筆者が一年三六五日、着物暮らしを始めて早二〇年余り、歌舞伎の世界の中で教わった事、自分の体で覚えた事をどう伝えたら理解してもらえるかを模索しながら日々を送ってきました。

 お客様の中にはなかなか帯の居処が定まらず「天才バカボン」の状態だったお客様が、ある日突然見事に「着物の達人」に変身した例も数多く有ります。その時が私の一番幸せを感じる時でした。

 江戸時代は全ての人が着物を着て生活をして居ました。そして皆「着物の達人」でした。

 着物は特別な物でも難しい物でも有りません。ひたすら着物を着続けていれば誰でも「着物の達人」になれるのです。コツさえ掴めば後は慣れだけです。『習うより慣れろ』とはよく言ったものです。慣れて来れば今まで解らなかった様々な事も自然と理解出来るようになります。それには一回でも多く着物を着る事が達人への近道です。決して高価な物で有る必要はありません。気軽に着られる普段着からスタートしましょう。ちょっとしたコツが掴めれば着物の達人はもうすぐです。

 この処多くの着物男子から「是非出版して欲しい」とのお声を多く戴き、拙いながらも筆を執りました。

 及ばずながら本書が一人でも多くの人の『着物の達人』への一助となり、一人でも多くの「着物の達人」が増える事を願っています。

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